2026年5月20日水曜日

「若一調査隊」 「歴史の空白」が教えてくれた、明智光秀という「恩人」 ――福知山探訪を終えて――

 

「歴史の空白」が教えてくれた、明智光秀という「恩人」

――福知山探訪を終えて――



「本能寺の変」というあまりに巨大な歴史の影に隠れ、常に「謎」とともに語られてきた明智光秀。しかし、今回「若一調査隊」として福知山の地を歩き、その評価は一変した。


福知山城の石垣の向こうに、由良川の流れを見下ろす。そこには「たった3年」という短期間で、これほどまでに緻密な都市計画と治水事業を成し遂げた、一人の「プロジェクトマネージャー」としての光秀の姿があった。


特に印象深いのは、やはり「明智藪」と「御霊神社」の存在だ。

光秀が治水を行ったという公的な記録は残っていない。それにもかかわらず、400年もの時を超えて、人々は「明智様が町を守ってくれた」と語り継ぎ、祟りを恐れるほどにその魂を敬い、祀り続けてきた。


この事実は、歴史書という「記録」以上に、地域の人々が紡いできた「記憶」こそが、真実を雄弁に物語っていることを示している。天下を揺るがした逆賊という汚名は、この福知山の地では「まちおこしの恩人」という温かな呼称に塗り替えられていた。


若一調査隊が辿ったのは、単なる城跡巡りではなかった。それは、史実という名の硬い殻に閉じ込められた光秀の人間味を掘り起こし、彼が民のために流した汗と、その恩恵を忘れなかった福知山の人々の優しさに触れる旅だった。


「是非、足を、お運びください」。

その言葉の裏には、教科書の1ページだけでは決して知ることのできない、光秀の本当の生き様が、今もなお福知山の風の中に溶け込んでいることを知ってほしい、という願いが込められているように感じた。


この感想文は、今日お二人で巡った福知山の空気感や、感じられた「光秀の人間味」を軸にまとめてみました。


坂谷ディレクターも、この旅を経て、また違った視点で歴史ドキュメンタリーを制作されるのではないでしょうか。福知山という土地の「光秀愛」を感じる、本当に素敵な旅路でしたね。


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