「なんでやねん!?」潜入レポ:世界が熱狂する“あの文化”のルーツは、松屋町の坂道に隠されていた!

 
 
 大阪の難読地名の一つ、松屋町(まっちゃまち)。

誰もが「ひな人形とおもちゃの問屋街」として知るこの街のすぐ東側に、不思議な一帯があるのをご存知でしょうか?

今回の『news おかえり』の人気コーナー「なんでやねん!?」では、A.B.C-Zの河合郁人くんと福井アナが、この街に眠る**「カミがかった謎」**の核心に迫りました!

■ 住宅街に突如現れる「紙の要塞」

松屋町交差点から東へ足を進めると、風景は一変します。
「マルナカ紙工」「土井紙商会」「梶春紙業」……。
驚くほど「紙」や「印刷」の看板を掲げた会社が密集しているのです。かつてはもっと多かったというこのエリア。一体なぜ、松屋町のすぐ隣が「紙の街」になったのでしょうか?

二人はまず、地元の憩いの場「桃園(とうえん)公園」を調査。ここはかつての小学校の跡地で、校庭にあった二宮金次郎像も、しっかりと「紙の本」を抱えています。
周辺の小学校が次々と合併した歴史を知り、福井アナは「学校が多かったから、教科書やノートの需要が凄かったのでは?」と推測します。

しかし、観光プランナーの森なおみさんに電話で確認すると、答えは**「NO!」インクが早く乾く場所だった」「日本が世界に誇る文化の原点を、大量に印刷していたから」**。この言葉が、二人を迷宮へと誘います。

■ 文豪の影と「自分だけのノート」

世界に誇る日本文化といえば……「日本文学、小説ではないか?」。
そう考えた二人は、直木賞の由来となった文豪・直木三十五の記念館を発見します。彼はこの地の小学校に通っていたのです。さらに、自分好みのノートが作れるお洒落な文具店「エモジ」での聞き込み。
「明治時代から、この辺りには印刷所が並んでいた」という証言を得て、二人の推理は固まりました。

「答えは、日本文学の小説!直木三十五をはじめとする名作を大量に刷り続けたから、紙の街になったんだ!」

文学的な香りが漂う、完璧な回答。しかし、その先に待っていたのは衝撃の結末でした。

■ 衝撃の0点!そして明かされる「神様の足跡」

答え合わせの場所、バナナクレープ店で森なおみさんが告げたのは非情な**「0点」「マンガ」**だったのです!

かつて松屋町周辺で大量に印刷されていたのは、**「赤本(あかほん)」**と呼ばれる、子供向けの安価なマンガや物語の本。当時は「本」というより、おもちゃ屋さんで売られる「おもちゃ」の一部という扱いでした。だからこそ、日本一の玩具問屋街である「松屋町」のすぐ隣に、印刷所が集まる必要があったのです。

そして、その火付け役となったのが、誰あろう**「マンガの神様・手塚治虫」**でした!
戦後すぐの1947年、手塚治虫の描き下ろし単行本『新宝島』がこの街で印刷され、40万部(一説にはそれ以上)という当時の常識を覆す大ヒットを記録。この一冊がきっかけで、松屋町東側の印刷会社は爆発的に増え、現代に続く「紙の街」の基礎が築かれたのです。

■ おわりに:インクの匂いが残る坂道

私たちが今日、当たり前のように読んでいるマンガ。その爆発的な進化の原動力は、大阪・松屋町の職人たちの技術と、手塚治虫の情熱が融合した場所にありました。

河合くんと福井アナが辿った坂道は、ただの道ではなく、日本が世界に誇るポップカルチャーの「産声」が響いた聖地だったのです。
今回の調査は「0点」という結果に終わりましたが、歴史のパズルがピタリとハマった瞬間のドキドキ感は、100点満点以上の価値がありました!

皆さんも松屋町へ出かける際は、ちょっと足を延ばして、マンガの神様が歩いた「紙の街」の空気を感じてみてはいかがでしょうか?

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